謹賀新年 <ともにある>こと

あけましておめでとうございます。

設立から1年弱。今年は心の中に熱く「ともにある」状態を実現してから、個々で立ち向かう勝負の世界に入っていけるようにがんばろうと思っています。そんな「ともにある」を実現する第一歩として、話題のクラウドファンディングサイト<モーションギャラリー>にて、自社配給作品の完山京洪監督作品『seesaw』の配給宣伝費の一部を募るプロジェクトを始めました。自主映画作品の配給興行は、ネームバリューやコマーシャル性に乏しいという色濃い偏見のため、配給会社にはことごとく敬遠されがちのようですが、 そんな厚き壁をぶち破るための戦略の一つとして、皆さんの協力を募りながらネットワークと作品の認知度を増やしていくというチャレンジに取り組みます。また従来の自主映画作品の配給興行とは一線を画したアプローチで展開できればと思っています。ご協力いただければ幸いです。

今年はヴェスヴィアスの活躍をご期待下さい!

ハリウッドの反逆者 ロジャー・コーマン

今年で86歳になるロジャー・コーマンは、60年代から80年代にかけて、いわゆるB級映画を大量に製作し、アメリカ業界にインディペンデントの王様と名を馳せたプロデューサーである。ただ彼が単なるB級と一線を画したのは、当時無名だったマーティン・スコセッシ、フランシス・コッポラ、ロン・ハワード、ジャック・ニコルソン、ピーター・ボグダノビッチ、ジョナサン・デミ、ジェームス・キャメロンなど、後々ハリウッドを代表するクリエーターとなった才能を次々に発掘したことだった。質より量で勝負。作品にはアクションかお色気はマスト。安く、早く、楽しくをモットーとしてB作品を製作し続けたコーマンのドキュメンタリーはかなり面白そう。300本以上製作した映画作品の中で、赤字を出したものは一つもないと豪語するコーマン。誰もが新しい映画製作/配給の形を模索しているいま、とても興味深いアプローチである。予告編のラストで、丸く太ったジャック・ニコルソンが「ロジャーは時々まぐれで良い作品を作ることだってあったんだ」と語るのはご愛嬌。


YouTube VS. Vimeo

遅ればせながら、今年の夏に製作したSoRA『月とシロップ』ミュージックビデオが完成したのでYouTubeとVimeoの両方にアップロードしてみました。フルスクリーンで見比べてもらうとわかるように画質の差がはっきり出ました。Vimeoだとアップロードしたファイルの画質に劣らない程度に鮮明にアップすることができます。画質にこだわるならVimeoです。アカウントを開くのは簡単です。興味ある方はぜひ!



SoRA “Moon and Syrup” 月とシロップ from Vesuvius LLC, JAPAN on Vimeo.

 

ニューヨーク映画三昧3 ダイナー


 

少し古ぼけた感じのダイナーが好きなのである。

背筋をピンと伸ばして立っている店長らしき白髪まじりの男が早口でオーダーを読み上げると、鼻歌を歌いながらグリルに立っている体格のごついギリシャ人のおじさんが、ご機嫌な様子でプレートの準備をはじめる。馬面をそのまま横に伸ばしたような顔、少し屈んだ背筋、ごついが素早く動く両手、白衣からはちきれそうなお腹の脂肪がベルトの上にのっかっている。食事の準備が出来るとベルを鳴らす代わりに、意味のない奇声をあげて、ウェイトレスに知らせる。ラテン系らしい彼女は、聞き覚えのあるポップソングを小声で歌いながら皿をとりあげ、客が座っているカウンター席にすっと差し出す。山積みのフレンチフライの上に、手に持って食べるには大き過ぎるバーガー、巨大なピクルス、レタスとトマトがのっかっている。そこまで美味しいとも思わなくても、このバーガーには病み付きになってしまう何かがある。

このダイナーで、3作目にあたる自作の短編『AT NIGHT』の一場面を撮影させてもらった。白髪まじりの男性は確かギリシャ人で、撮影当時(2004年)は息子もダイナーで働いていた。さんざん交渉した上、渋々承知してもらったのだが、いざ現場になると真面目に動くスタッフに感心したのか、比較的友好的に接してくれた。わずか一晩の撮影だったので自分を憶えているはずもない。完食は無理かと思ったバーガープレートを全部平らげたあと、元気そうなオーナーの男に礼をして、店を出た。

今日はニューヨークで唯一生き残っている名画座フィルムフォーラムに1964年のイタリア映画『ああ結婚』を観に行った。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの名コンビ出演作品で、あとに『ひまわり』を撮るイタリアの巨匠ヴィットリオ・デ・シーカの中期の作品。あるカップルの20年以上に渡る関係がドタバタ喜劇風に展開していくのだが、後半は観察眼豊かで感動的なドラマになっている。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラスト、20年間も愛人としてしか受け入れられなかった元娼婦の女が、秘かに育てた隠し子が3人いると告白する。すっかり動揺する男。自分勝手な彼は、自分の子供が誰かにしか執着しない。そんな様子をみて、事実は教えないと断言する女。やっと女を妻として迎え入れることにした男に、隠し子達が結婚初夜『おやすみ、パパ』と声をかける。ハッとする男。背後で涙が止まらなくなる女。戦後イタリア映画の傑作『自転車泥棒』を産んだデ・シーカのヒューマニストな視点は、64年でも健在。マエストロ、まいりました。すっかり感動。『ゴッドファーザー』の名作曲家ニーノ・ロータのスコアも美しい。

 

ニューヨーク映画三昧2 チャイナタウン

大勢の中国系移民が渦巻くNYのチャイナタウンは、ニューヨークに来る度に寄っていくお気に入りの地域でもある。無礼で無頓着かつ無精、かと思えば、タフで親切かつ寛容というのが、自分の中での勝手な中国人のイメージ。大きな声で、羞恥のかけらもなく通り越しに語り合う様子をみて、逞しさを感じるのは自分だけだろうか?

ちょうど空いていたチャイナタウンにある友人宅に滞在していることもあって、お昼時に近所のマレーシア・レストランでビーフシチュー・カレーヌードルを食べる。見回すと中国人の家族らしきグループが3つ、大きなテーブルに座って箸を忙しく動かしている。中国人は家族や大人数で食事をするのが大好きだ。チャイナタウンのレストランでは、6−8人がけのテーブルが数多く設置されている。世界中どの国でも中国人がタフに生きていけるのは、頼れる家族がいるコミュニティーとの関係がしっかりと築かれているからだろう。

さて今日は、ニューヨークでフィルム・フォーラムと並んでインディーズ映画館としてすっかり評判も定着したIFCセンターに足を運ぶ。目的は『君と僕の虹色の世界』で注目を浴びたパフォーマンス・アーティスト、ミランダ・ジュライ監督・主演の第2作目『THE FUTURE』。前作の大ファンで、ある日本の映画祭に作品を大推薦した結果、上映が決定し、本人が来日した際に食事をしたことがあった。作品のイメージ通り、のほほんとした雰囲気に繊細な感性を持ち合わせた人だった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公開されてしばらく時間が経っているにも関わらず、5スクリーンある会場の30人ほどしか座れない一番小さな5番館は満席。彼女が注目されている証拠だろう。前作は、日常にスポットライトをあてた群像劇ながらも、エピソードすべてに繋がる人生の大きなテーマを扱って成功していた。なので期待度が高すぎたのかもしれない。『THE FUTURE』は自己表現としてのアート色が色濃くなっていて、そのバランスに期待外れな感覚をおぼえた。しかし、年齢と人生における達成感のギャップ、自分の未来や恋人に対する不安といったテーマは、等身大レベルでひしひしと感じれることができる。こんな風に映画に対して親近感を感じることが、自分にとって映画を観る醍醐味だと思っているし、だから映画はやめられない。

夜、映画館を出て6番街沿いにチャイナタウンに向って歩いていると、見覚えのある顔の青年が歩いている。『ソーシャル・ネットワーク』で裏切られる友人を手堅く演じていたアンドルー・ガーフィールドだ。新しい『スパイダーマン』の主役に抜擢されて撮影を終了したところなのか、胸板や肩が逞しい。

そう、ニューヨークはロスと同じぐらい映画三昧に相応しい街なのである。

ニューヨーク映画三昧1

とある用事でニューヨークへ。2年ぶりに舞い戻って来た。まず目に飛び込んで来るのは、空港を行き交う体つきのごつい方達と肥満の方々。あの脂肪のつき方は日本人とは一線を画すものが‥… そして彼らの腕や足に刻まれている安っぽい刺青‥‥… 耳に飛び込んで来るのは<I=私>をやたらと強調する大声で空々しい話し声‥…

おっと失礼。このエントリーは映画三昧というタイトルだった。

到着翌日、早速映画館に足を運ぶ。お目当てはカンヌ映画祭で監督賞を授賞したニコラス・ウィンディング・レフン監督、ライアン・ゴスリング主演『DRIVE』。80年代風のエレクトロ・ポップとタンジェリンドリーム調の音楽に彩られたLA犯罪物で、アメリカでの評判も上々。ヨーロッパ人らしい感性みなぎる力作で、カンヌ監督賞も納得。音、色、フレーム、演出、どれをとっても監督のコントロールが行き届いた世界観が評価されたのであろう。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただこの監督作品へのいつもの不満も残った。前作『BRONSON』やアメリカで撮ったが不発に終わった『FEAR X』でもそうなのだが、スタイルやアプローチに監督自身がインスパイアされたであろう映画の数々が思い起こされるだけで、彼自身のテーマに対する視点や情熱が感じられない。本作品でもウォルター・ヒル監督の傑作『ドライバー』をはじめ、北野武作品のバイオレンス、デイビッド・リンチ作品を漂わせる凝ったセット、充分興味は魅かれる一方で、どこかで観たような気がする感覚。そして見終わったあとの、映画的感動の微妙な希薄さ。うまくリミックスされたカバー曲を聞いた後のような感覚を、最近よく映画でも味わう。監督自身の魂は聞こえない。マーティン・スコセッシやロバート・アルトマンからの影響を自他ともに認めるポール・トーマス・アンダーソン監督の作品群の印象にも似ている。似たようなアプローチを自身のオリジナリティにまで極めたのがタランティーノ監督なのだろうか。


 

『DRIVE』鑑賞後、同じシネコンで上映していたスティーブン・ソダーバーグ監督の『CONTAGION』にひっそり潜入。『チェ』2部作後、監督活動停止宣言して以来の新作(?)となるソダーバーグ作品はオールスター出演の大掛かりなウィルス発症物。こちらは冒頭からペースのはやい機械のように綿密に構成された群像劇。こちらも充分興味を魅かれて一気に観てしまうが、当然監督自身の魂は聞こえない。しかもこのような話しは『アウトブレイク』などでかなり娯楽色たっぷりにうまく映画化されている。面白くなくはないが、観なくてもよかった娯楽作品だった。


 

どちらも土曜の午後ということもあってかなり混んでいた。映画館から出ると夕方のショッピングに出かけるブロードウェイの人混みに巻き込まれた。空気は少し生温い。冷房が効き過ぎていた館内のせいだろうか、心地いいぐらいだ。

2年ぶりにニューヨークのダウンタウンを歩いてみたが、かつて感じていた新鮮な何かは感じなくなっていた。なぜだろう?と考えながら、母校のニューヨーク大学のキャンパスを通り過ぎ、チャイナタウンのスーパーに夕食の食料を買いに行った。

 

 

MISS BALA 銃弾

ついこないだ紹介した注目のメキシコ映画『MISS BALA』が『MISS BALA 銃弾』というタイトルでラテンビート映画祭にて上映されたので、さっそくチェックしてきました。


前回のブログエントリーで紹介した予告編からは、かなりコマーシャルな感じの、風刺も入ったセクシーアクションかと想像していたのに、大いに裏切られた。美人コンテストの出場者が麻薬戦争に巻き込まれたという部分だけ、事実に基づくそうで、かなりヘビーなストーリー。暴力と腐敗に支配されているメキシコ社会が淡々と驚くほどリアルに描写されている。多くを説明しないながらも、黙々と辛抱強い傍観者のように見つめるカメラは秀逸。横浜では10月8日(土)に横浜ブルクにて上映予定! 横浜よりの方はぜひチェック!

イギリス版のポスターがなかなかカッコイイ!

美人コンテスト+麻薬戦争=?

メキシコ映画『MISS BALA』は、美人コンテストに出場している女性が麻薬戦争に巻き込まれるという、ありがちな俗っぽいスリラーを思わせるストーリーだが、じつはハリウッド・スターとしも成功を収めているガエル・ガルシア・ベルナルとディエゴ・ルナがプロデューサーとして名を連ねていて、カンヌ、トロント、ニューヨーク映画祭で高い評価を受けている。2人のプロデューサー作には、ほかに『闇の列車、光の旅』があり、ケリー・フクナガ(日系2世とか)監督のデビューとしてはリサーチがいき届いたレベルの高い優秀な作品だった。『MISS BALA』も予告編観る限りでは、かなり面白そう。

クルーニー新作 オスカー候補か?

秋はオスカー候補が多々公開されるシーズンであることは以前も書いたが、新たな有力候補が、ジョージ・クルーニー監督・出演した『THE IDES OF MARCH』だ。大スターの道を爆進中のライアン・ゴスリング演じる大統領候補のキャンペーン担当を主人公に政治の暗闇を描いた映画だが、ワクワクするような予告編が公開中。予告編だけでも充分伝わる民衆と政治がしっかり結びついているという意識が根付いている感じが羨ましく思える。特に昨今の日本の政治の動向を傍観していると、政治と民衆には明らかに一線引かれていて、なかなかその線は越えられない。あるいは双方が越えさせないようなシステムになっているのか? 予告のラスト「自分がその目的を信じていさえすれば、自分は何でもやってやる」というセリフが印象的。直訳すると『3月15日』という映画のタイトルはシーザーが暗殺された日のことを指すそうな。全米で10月公開。