クールジャパンとバンクシーの憂慮

いつ頃から<クールジャパン>たる名称が生まれたのだろう? 英語版のウィキペディアによると、 2002年にアメリカの政治雑誌に掲載された Japan’s Gross National Cool(国民総生産=Gross National Productをもじって国民総クール)という記事が発端とある。かつては経済界のスーパーパワーとして君臨した日本経済が急激に落ち込み、社会構造に対する不信と相重なって生まれたのが日本のソフトパワーで、文化的影響においてスーパーパワーになりつつあるという内容の記事らしい。そして同時期のポケモンの爆発的人気を指して、日本の政治家がクールジャパンと呼び始めたのがきっかけだそうな。2012年だけで400億円の予算を注ぎ込んで日本文化の海外促進を計る政府政策。一瞬、聞こえはいいが、経済効果を目的として文化を海外促進するには矛盾があるのではないか? 文化の商品化が行き着く終焉は? 

そんなテーマをずばり描いているのがストリート・アート界の風雲児バンクシーによるドキュメンタリー映画『EXIT THROUGH THE GIFT SHOP』だ。<ギフトショップを通って出口へ>という皮肉なタイトルは、まさにアートの商品化を指している。ストリート・アートが世界的に注目されつつあった90年代前半から、偶然のきっかけで、様々なストリート・アーティストの活動をビデオで撮り続けていたフランス人のティエリー・グエッタが、撮影を通じて友人となったバンクシーのアドバイスに刺激を受けて、自ら作品を創るようになり(とはいえ他のアーティストのスタイルを見よう見まねで作り上げた作品ばかりなのだが)、周囲の懐疑的な眼差しを浴びつつも、商業主義とそれを煽動するメディアの後押しも手伝って、一躍脚光を浴びて大成功を収めるまでのストーリーが、皮肉とユーモアたっぷりに綴られている。


映画のラスト近く、すっかり幻滅して落胆した様子のバンクシーは語る。「結局アートなんて単なるジョークに過ぎないのかもしれない。」 情熱的なファンに過ぎなかったグエッタが、いわゆる<コピペ>を駆使して一躍大人気となり、MR.ブレインウォッシュ(洗脳)と自らを名付けストリート・アート界に君臨するまでになったサクセス・ストーリーに、なにか学ぶべきレッスンはあるのか? 現代社会が如何に表面的で中身のないものを、メディアの煽動と宣伝によって、易々と受け入れてしまう性質があることを、映画は明確に描いていく。そして誰が価値あるもの、ないものを判断するのか、<本物>とは何か、そんな疑問を投げかける作品だが、答えはみつからない。混沌とした現代社会を鏡のように映し出すだけだ。「以前は誰にでもアートを創るように進めていたけど、もうやめることにしたんだ」とバンクシーが語って映画は終わる。

クールジャパン政策では、商業性あるものが輸出されるべき文化としての認識されているようだ。クールジャパン推進会議に秋元泰氏が起用されるぐらいである。数年前、 経済産業省が主催したコンテンツマーケットのパーティで、クールジャパンを担うカルチャーを代表して乃木坂48が紹介された。口パクでミニスカを履いて下半身を揺らせながら、元気いっぱいに踊る少女達を、外人ゲストが唖然として見ていた様子が忘れられない。いつの間に日本を代表する文化がこうなってしまったのかは解らない。やはりバンクシーが言うように、文化やアートは単なるジョークなんだろうか?