『天国の門』におけるエゴ vs. 情熱

 

「いままで観た中で一番好きな映画は?」

映画に携わっている人なら、よく聞かれる質問である。聞かれる度に、一本に絞るのはムリと言い訳をつけて、好きな監督なら‥‥と名前を挙げて質問をかわす。はっきりと答えたことは一度もない。「生涯のベスト10は?」と聞かれても、そこまで順序付けるのは不可能と言ってごまかす。でも無理矢理番付けした場合に、恐らくその中に入る作品の一つは、『ディア・ハンター』でアカデミー賞を受賞したばかりのマイケル・チミノ監督による1980年の問題作『天国の門』かもしれない。

公開当時、由緒ある製作会社ユナイテッド・アーティストを倒産へと追いやり、ハリウッド映画史上、最も酷い失敗作の一つとして名高い名誉を得てしまったこの作品は、19世紀末、アメリカのワイオミング州で、地主と移民達の間に起きたジョンソン郡戦争をベースにした3時間半に及ぶ壮大な叙事詩である。如何にしてこの作品が失敗作というレッテルを貼られてしまったかについては、当時のスタジオ重役によって書かれた『ファイナル・カット―『天国の門』製作の夢と悲惨』に詳しいので、興味のある方はそちらを読んでもらうことにして、ここではなぜこの作品が自分にとって無理矢理番付けした場合の生涯のベスト10に入る作品なのかをお話したい。


 

その理由は、ずばり『天国の門』が限りなく映画的な映画であるからにほかならない。映像で語るとは、まさにこの映画であると思う。詩情と感情を映像が語る時こそ、映画の可能性を信じることができる瞬間である。それを如実に現した場面の一つが、クリストファー・ウォーケン演じる殺し屋の登場場面だろう。草原にポツンと立つモクモクと白い煙があがる小屋。その周囲は白いシーツで囲まれている。カメラが白い煙を追うように動き、小屋を俯瞰で捉える。シーツの内側では牛が吊るされて、ロシア移民の男が手を血だらけにして肉をとりわけている。その側では、妻が幼い息子の手をひきながら、取り分けられた肉を台車に積み込んで、血と泥が入り交じった地面を這うようにして運んでいく。男はふと人の気配を感じて、白いシーツを見上げる。そこに映る人影。怯える男はナイフを持ち上げて、シーツ越しにロシア語で語りかける。応えない影からすっと長いライフルの銃口らしき影が伸びる。爆音と共にシーツに大きな穴が開き、ロシア人は腹を撃たれて泥の中に倒れる。小屋の中から泣き叫びながら走り寄る妻。傷穴から流れ出た夫のはらわたを掴んで身体に戻そうとするが、男はすでに死んでいる。ロシア語で泣き叫び、殺し屋を罵る妻。大きく開いたシーツの穴から、その一部始終をみて去っていく殺し屋。その背景にはワイオミングの風景が雄大に広がっている。語る映像を文章に直したとことで、そのインパクトを語ることは出来ないのだが、想像していただけるだろうか。後に説明される貧困のため牛盗みを繰り返す移民達の葛藤、同じロシア系移民であるにも関わらず牧場主に殺し屋として雇われた男の悲哀が、この場面ですでに明確に示唆されている。

もう一つ、シンプルながらも映像で語る見事な場面転換がある。冒頭40分近く続くハーヴァード大学の卒業式。永遠に続くような卒業ワルツは、永遠に続くように思われた若さと希望の象徴でもある。無邪気に戯れる主人公ジムとエリート仲間達は、アメリカの未来を疑うことなく理想を抱いて大学を巣立っていく。その直後、場面は20年後のワイオミングに切り替わる。大勢の貧しい移民達をこぼれんばかりに天井に乗せた列車が、煙をあげて平野を走り抜ける。がらんとした列車内の乗客は唯一ひとり。目を疑うほど年をとり、苦汁が皺になって刻まれたような姿に変貌したジムだ。保安官となって赴任したワイオミングのとある街に到着した彼は、貧しい移民が流れ込んで騒然となった様子を目の当たりにする。ヨーロッパ移民のお人好しの車掌から、ロシア系移民達へのリンチが絶え間ないことを知らされるジムの表情からは、ハーヴァード時代の夢と希望はひとかけらもみられない。一見なんでもない場面転換のようではあるが、20年の間に夢と希望に裏切られ、現実の壁にぶち当たった主人公の焦燥感が、繊細に表現された場面転換だ。


 

尋常な域を越えたディテールへのこだわりと、巨大に膨れ上がったスーパーエゴで、すっかり汚名をきせられてしまったマイケル・チミノ監督であったが、この作品が監督の限りない情熱に支えられているのは、鑑賞していただければ間違いなく伝わるはずだ。理想郷としてのアメリカ、その幻影と幻滅、その狭間で翻弄された数々の人生を描き出すことに、チミノ監督は並々ならぬ情熱を注いだ。そんな彼の情熱に、憎悪をむき出しにするスタッフもいれば、なんとしてでも護ろうとする信奉者もいた。「マイケルは共に仕事をするのは難しい人物でもあったが、彼との仕事以上に達成感を感じさせるものはなかった」と語るのは、撮影監督として数々の名作を手がけたヴィルモス・ジグモンド。移民達が平原を歩くシンプルなショットを撮るために、天候が変わるのを休憩なしで1日中ひたすら待ち続ける監督に、遂に我慢できなくなったカメラマンのジグモンドが「マイケル、そろそろランチにしよう。スタッフもみんな疲れ切っている」と切り出すと、チミノは「ランチ? これはランチなんかよりも遥かにビッグなんだぞ」と言い放ったというエピソードも残っている。

情熱とエゴは表裏一体。その微妙なバランスがエゴに傾きすぎた瞬間に、映画は輝きを失う。奇跡とも言える綱渡り的なバランスで、その情熱を映像として昇華させることができたのが『天国の門』ではないかと思う。情熱を限りなく純粋な形にすることができることほど、携わった人たちに達成感をもたらし、観るものにある種の感動を与えてくれるものはないだろう。そんな作品が、ハリウッド映画史上最も酷い失敗作かどうか、どう評価するかどうかはあなた次第。ぜひ 『天国の門』をスクリーンで体現してみて欲しい。シネマート新宿にて10月5日から5日間のみ、31年振りのリバイバル上映となる。