ロッテルダム映画祭日記2

朝起きてホテルを出る。徒歩で映画祭会場に向うと、広場でフリーマーケットが開かれている。近くの教会からは、小さな鐘が鳴り響き、ささやかなメロディを奏でていて、街の賑わう様子とマッチしている。繁華街を通り過ぎると、パイプオルガン、シンバル、笛などが一斉に積み込まれ、チンドン屋のような愉快な音楽を自動で奏でるワゴン車に遭遇。表側にはトランペットを持った1メートルほどの人形が10体ほど並んでいて、音楽に合わせて動く仕掛けになっている。その側では安物の薄いジャケットに身を包んだ男が2人、缶を持って小銭を集めていた。

午後から開かれるロッテルダム・ラボ最初のイベントまでは時間がある。コンピューターを持参して映画祭ラウンジで仕事を済ます。映画祭は始まったばかりのせいか、まわりで仕事をこなしている人達はプレス関係者が多いようだ。様々な言語がそばで飛び交う中、コンピューターに向う。日本では、我が社で自主配給する完山京洪監督作品『seesaw』公開のため、劇場との交渉が大詰めを迎えている。それにあわせてのクラウドファンディングも盛り上げなければいけないし、公開に向けての宣伝戦略も考えなければならない。

あっという間に時間が過ぎ、ロッテルダム・ラボ会場に向う。最初のイベントはスピード・デート。ラボ責任者の歓迎の言葉と簡単な挨拶のあと、円形に揃えられた2列の椅子に参加者70人が座らされる。内側の人は座ったまま、外側の人は1分おきに隣にずれていく。これを40分ぶっとおしで続ける。恥ずかしがる暇もない。ほとんど普段の生活ではしないマシンガントークを炸裂させなければ。相手の話しを聞くのも重要だ。名前はほとんど入って来ない。出身国を覚えておくのがせいぜい。オーストラリア、イスラエル、ルワンダ、韓国、フィリピン、イギリス、アイルランド、ドイツ、スウェーデン、世界中から集められた参加者達。数人とは名刺を交換するが、そんな時間さえもないときがある。

ひととおりイベントが終わると、優しい顔をした恰幅のいい背の高い男性が話しかけてくる。フィンランドから参加しているプロデューサー、マイクだ。なんと彼は『かもめ食堂』の撮影にスタッフとして参加していて、フィンランドを代表するカウリスマキ監督の新作にも制作補として参加している。しかも武蔵野美術大学に1年留学した経験があるという。

そのあとは全員で近くのレストランバーに移動。さらにカクテルネットワーク。長年の友人ルカが現れる。10年以上前、ニューヨークで共通の友人を通じて知り合って以来、家に泊まらせてもらったりの付き合いだ。映画祭に参加する度に会える貴重な友人である。パリ在住のプロデューサーで、パリシネマやドバイ映画祭などで企画マーケットのコーディネートをしている。近年、制作会社を立ち上げた彼も、様々な企画を動かそうと試行錯誤している。パートナーとの間にできた可愛い娘リラは5歳。彼女の今後のためにも、何とか企画を動かして会社を機能さねばと語る彼の表情は、いつになく真剣に見えた。

さらにそのあとはテーブルディナー。オランダ料理か何かは解らないが、バイキング方式でパスタや牛肉の煮込みなどが並んでいる。ルワンダと共同企画を制作したオーストラリア人、スウェーデンを拠点として活動するイギリス人プロデューサー、アメリカで話題になっているクラウドファンディングサイトの映像担当の女性に囲まれながら、さらにネットワークが続く。

レストランは土曜の夜を楽しもうとたくさんの人で賑わっている。参加プロデューサーの一部は、カフェ(大麻を吸える場所)にしけこもうと消えていく。明日は朝食からネットワーキングが始まる。睡眠をとっておこう。レストランをあとにしたのは真夜中前。冷え込んだ夜の空気を感じながら、早足でホテルに戻った。<続く>




ロッテルダム映画祭日記1

時は2002年。まだアメリカで暮らしていたころ、自身の短編監督作『ウィズダムデイ』がロッテルダム映画祭に招待されて訪れたことがある。一見作品内容だけでなく、生活環境からしても接点がないヨーロッパの都市で、しっかりとした反応が観客から得られたことに不思議な感動を憶えた。

それから10年後。偶然友人が推薦してくれた御陰で、ロッテルダム映画祭連動企画マーケット<Cinemart>のプラグラムの一部である若手プロデューサー・ワークショップ<ロッテルダム・ラボ>に招待されることになり、再びオランダ第二の都市を訪れている。1年ぶりのヨーロッパだが、あらためて、文化貢献の意識が市民の間にしっかりと根付いているのを感じさせられる。空港からホテルまで送迎してくれる40代前半の男性ドライバーは、映画祭のボランティア。毎年時間がある限り参加しているという。「映画祭はこの街にとって、とても大事なイベントなんだ。経済的にも効果があるし、街全体が活気づく。それに映画祭のスタッフほとんどがボランティアだよ」と語りながら、日本映画のことを盛んに聞いてくる。なぜ日本ではこのような文化貢献の精神が根付かないのだろうと純粋に不思議に思った。

ホテルに到着すると、登録を済ませるために、すぐに映画祭センターを訪れる。金曜日ということもあってか、たくさんの人で盛り上がっている。映画を観に来た市民と映画祭を訪れているゲストだろう。ロビーではアコースティックバンドのライブ音楽が流れ、自由な雰囲気を引き立てている。ああ、ヨーロッパの映画祭に来たと感じる瞬間である。

今回招待された<ロッテルダム・ラボ>は様々なレクチャーやスピード・デートと呼ばれる自己紹介セッションなどを通じて、個々のネットワークを拡げ、国際的な映画制作を後押しするために開催されているもの。公式イベントは明日、世界から集められた若手プロデューサー50人ほどが参加してのスピード・デートから始まる。1分間で自己紹介をしながら、次の椅子に移って30分ほど次から次へと自己紹介をしながら様々なプロデューサーに自己紹介するというハードなイベントだ。それ以後は毎日レクチャーやイベントが朝から夜まで企画されている。映画祭に参加しているものの、ほとんど作品を観る時間がない状態だ。

明日からは、喋りまくらなければならない。エベルギーを補充して備えなければ。金曜の夜に集う人々で賑わうロビーのカフェで、オニオンキッシュとサラダを食べたあと、おとなしくホテルに向って休むことにした。<続く>




あるアラブ人の綱渡り人生

フィルム・ノワールの傑作『リード・マイ・リップス』と『真夜中のピアニスト』のジャック・オディアール監督の最新作『預言者』がやっと先週、東京で公開された。カンヌ映画祭でクランプリを獲って以来、首を長くして待ちのぞんでいた作品は、2年前のフランス映画祭でやっと見ることができて以来、鮮明に記憶に残っている。

前2作とも、どうしようもない犯罪者を描いているのに、誰でも感じたことがある人生の機微を大いに感じさせてくれるような繊細な感覚が大好きだったのだが、『預言者』はそんな感覚をさらに大きなキャンバスに拡げて、『ゴッドファーザー』並のスケールを加えたような作品。若くして刑務所に送り込まれたアラブ人の若い青年が、刑務所を出入りしながら、如何に綱渡り人生を生き抜いていくかが描かれている。時にはどぎつい暴力描写や、フランスのリアルな刑務所事情(夕食には長いバゲットが支給される!)も細かく描かれているが、やはり中心になっているのは、人生を左右するような決断を次々と迫られる青年の機敏なサバイバル本能。一見受動的に見える人生でも、常に能動的に物事は動いている。自分の意志と選択によって、いくつもの可能性が生み出される。そんな当たり前かもしれないことを思い出させてくれる映画。

とにかくこの監督は人間の観察眼のセンスがいい。最も如実に現れているのが、後半のクライマックス(ネタバレなし/心配無用)で、主人公が、コルシカ人のマフィアに脅されて、イタリア人マフィアボスを街で尾行する場面。殺すチャンスをうかがいながら街を歩いていると、ふとショーウィンドーに目がいく。そこには高価な靴が宝物のように飾られている。一瞬だけ気をとられる主人公。<アラブ野郎>と馬鹿にされ、フランスで移民として育った彼にとって、ショーウィンドー越しに輝くピカピカの靴は、権力と金と成功の象徴。手に入れたい。でもいまはガラス越しにちらりと見るだけ。その直後、彼は機転をきかせてある行動に出る! 人生はいつでもどこでもいろんな可能性があるに違いない。『預言者』は渋谷ヒューマントラストで上映中。お見逃しなく! またアメリカ版の予告がバツグンにカッコイイのでこちらでチェック! ターナー・コーディというミュージシャンの<Corner of My Room>という曲がいい。


謹賀新年 <ともにある>こと

あけましておめでとうございます。

設立から1年弱。今年は心の中に熱く「ともにある」状態を実現してから、個々で立ち向かう勝負の世界に入っていけるようにがんばろうと思っています。そんな「ともにある」を実現する第一歩として、話題のクラウドファンディングサイト<モーションギャラリー>にて、自社配給作品の完山京洪監督作品『seesaw』の配給宣伝費の一部を募るプロジェクトを始めました。自主映画作品の配給興行は、ネームバリューやコマーシャル性に乏しいという色濃い偏見のため、配給会社にはことごとく敬遠されがちのようですが、 そんな厚き壁をぶち破るための戦略の一つとして、皆さんの協力を募りながらネットワークと作品の認知度を増やしていくというチャレンジに取り組みます。また従来の自主映画作品の配給興行とは一線を画したアプローチで展開できればと思っています。ご協力いただければ幸いです。

今年はヴェスヴィアスの活躍をご期待下さい!