ニューヨーク映画三昧2 チャイナタウン

大勢の中国系移民が渦巻くNYのチャイナタウンは、ニューヨークに来る度に寄っていくお気に入りの地域でもある。無礼で無頓着かつ無精、かと思えば、タフで親切かつ寛容というのが、自分の中での勝手な中国人のイメージ。大きな声で、羞恥のかけらもなく通り越しに語り合う様子をみて、逞しさを感じるのは自分だけだろうか?

ちょうど空いていたチャイナタウンにある友人宅に滞在していることもあって、お昼時に近所のマレーシア・レストランでビーフシチュー・カレーヌードルを食べる。見回すと中国人の家族らしきグループが3つ、大きなテーブルに座って箸を忙しく動かしている。中国人は家族や大人数で食事をするのが大好きだ。チャイナタウンのレストランでは、6−8人がけのテーブルが数多く設置されている。世界中どの国でも中国人がタフに生きていけるのは、頼れる家族がいるコミュニティーとの関係がしっかりと築かれているからだろう。

さて今日は、ニューヨークでフィルム・フォーラムと並んでインディーズ映画館としてすっかり評判も定着したIFCセンターに足を運ぶ。目的は『君と僕の虹色の世界』で注目を浴びたパフォーマンス・アーティスト、ミランダ・ジュライ監督・主演の第2作目『THE FUTURE』。前作の大ファンで、ある日本の映画祭に作品を大推薦した結果、上映が決定し、本人が来日した際に食事をしたことがあった。作品のイメージ通り、のほほんとした雰囲気に繊細な感性を持ち合わせた人だった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公開されてしばらく時間が経っているにも関わらず、5スクリーンある会場の30人ほどしか座れない一番小さな5番館は満席。彼女が注目されている証拠だろう。前作は、日常にスポットライトをあてた群像劇ながらも、エピソードすべてに繋がる人生の大きなテーマを扱って成功していた。なので期待度が高すぎたのかもしれない。『THE FUTURE』は自己表現としてのアート色が色濃くなっていて、そのバランスに期待外れな感覚をおぼえた。しかし、年齢と人生における達成感のギャップ、自分の未来や恋人に対する不安といったテーマは、等身大レベルでひしひしと感じれることができる。こんな風に映画に対して親近感を感じることが、自分にとって映画を観る醍醐味だと思っているし、だから映画はやめられない。

夜、映画館を出て6番街沿いにチャイナタウンに向って歩いていると、見覚えのある顔の青年が歩いている。『ソーシャル・ネットワーク』で裏切られる友人を手堅く演じていたアンドルー・ガーフィールドだ。新しい『スパイダーマン』の主役に抜擢されて撮影を終了したところなのか、胸板や肩が逞しい。

そう、ニューヨークはロスと同じぐらい映画三昧に相応しい街なのである。

ニューヨーク映画三昧1

とある用事でニューヨークへ。2年ぶりに舞い戻って来た。まず目に飛び込んで来るのは、空港を行き交う体つきのごつい方達と肥満の方々。あの脂肪のつき方は日本人とは一線を画すものが‥… そして彼らの腕や足に刻まれている安っぽい刺青‥‥… 耳に飛び込んで来るのは<I=私>をやたらと強調する大声で空々しい話し声‥…

おっと失礼。このエントリーは映画三昧というタイトルだった。

到着翌日、早速映画館に足を運ぶ。お目当てはカンヌ映画祭で監督賞を授賞したニコラス・ウィンディング・レフン監督、ライアン・ゴスリング主演『DRIVE』。80年代風のエレクトロ・ポップとタンジェリンドリーム調の音楽に彩られたLA犯罪物で、アメリカでの評判も上々。ヨーロッパ人らしい感性みなぎる力作で、カンヌ監督賞も納得。音、色、フレーム、演出、どれをとっても監督のコントロールが行き届いた世界観が評価されたのであろう。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただこの監督作品へのいつもの不満も残った。前作『BRONSON』やアメリカで撮ったが不発に終わった『FEAR X』でもそうなのだが、スタイルやアプローチに監督自身がインスパイアされたであろう映画の数々が思い起こされるだけで、彼自身のテーマに対する視点や情熱が感じられない。本作品でもウォルター・ヒル監督の傑作『ドライバー』をはじめ、北野武作品のバイオレンス、デイビッド・リンチ作品を漂わせる凝ったセット、充分興味は魅かれる一方で、どこかで観たような気がする感覚。そして見終わったあとの、映画的感動の微妙な希薄さ。うまくリミックスされたカバー曲を聞いた後のような感覚を、最近よく映画でも味わう。監督自身の魂は聞こえない。マーティン・スコセッシやロバート・アルトマンからの影響を自他ともに認めるポール・トーマス・アンダーソン監督の作品群の印象にも似ている。似たようなアプローチを自身のオリジナリティにまで極めたのがタランティーノ監督なのだろうか。


 

『DRIVE』鑑賞後、同じシネコンで上映していたスティーブン・ソダーバーグ監督の『CONTAGION』にひっそり潜入。『チェ』2部作後、監督活動停止宣言して以来の新作(?)となるソダーバーグ作品はオールスター出演の大掛かりなウィルス発症物。こちらは冒頭からペースのはやい機械のように綿密に構成された群像劇。こちらも充分興味を魅かれて一気に観てしまうが、当然監督自身の魂は聞こえない。しかもこのような話しは『アウトブレイク』などでかなり娯楽色たっぷりにうまく映画化されている。面白くなくはないが、観なくてもよかった娯楽作品だった。


 

どちらも土曜の午後ということもあってかなり混んでいた。映画館から出ると夕方のショッピングに出かけるブロードウェイの人混みに巻き込まれた。空気は少し生温い。冷房が効き過ぎていた館内のせいだろうか、心地いいぐらいだ。

2年ぶりにニューヨークのダウンタウンを歩いてみたが、かつて感じていた新鮮な何かは感じなくなっていた。なぜだろう?と考えながら、母校のニューヨーク大学のキャンパスを通り過ぎ、チャイナタウンのスーパーに夕食の食料を買いに行った。

 

 

MISS BALA 銃弾

ついこないだ紹介した注目のメキシコ映画『MISS BALA』が『MISS BALA 銃弾』というタイトルでラテンビート映画祭にて上映されたので、さっそくチェックしてきました。


前回のブログエントリーで紹介した予告編からは、かなりコマーシャルな感じの、風刺も入ったセクシーアクションかと想像していたのに、大いに裏切られた。美人コンテストの出場者が麻薬戦争に巻き込まれたという部分だけ、事実に基づくそうで、かなりヘビーなストーリー。暴力と腐敗に支配されているメキシコ社会が淡々と驚くほどリアルに描写されている。多くを説明しないながらも、黙々と辛抱強い傍観者のように見つめるカメラは秀逸。横浜では10月8日(土)に横浜ブルクにて上映予定! 横浜よりの方はぜひチェック!

イギリス版のポスターがなかなかカッコイイ!

美人コンテスト+麻薬戦争=?

メキシコ映画『MISS BALA』は、美人コンテストに出場している女性が麻薬戦争に巻き込まれるという、ありがちな俗っぽいスリラーを思わせるストーリーだが、じつはハリウッド・スターとしも成功を収めているガエル・ガルシア・ベルナルとディエゴ・ルナがプロデューサーとして名を連ねていて、カンヌ、トロント、ニューヨーク映画祭で高い評価を受けている。2人のプロデューサー作には、ほかに『闇の列車、光の旅』があり、ケリー・フクナガ(日系2世とか)監督のデビューとしてはリサーチがいき届いたレベルの高い優秀な作品だった。『MISS BALA』も予告編観る限りでは、かなり面白そう。