映画における反骨精神のすすめ


近頃は映画業界やビジネスのことについてばかり書いていたので、ここで少し映画の話をしようと思う。感銘を受けたり感動したり、素晴らしい作品を観る度に、自分が映画業界に身を置く理由を思い出させてくれる映画。正直なかなかそんな作品に出逢うのは難しい。でも何気なくつけたスカパーチャンネルで放映されていた古くて懐かしいその作品は、久しぶりに士気を奮い立たせてくれた。1964年に製作された「大列車作戦」である。 

当時流行った大げさなタイトルは、時代にとり残された古臭さを漂わす。しかもモノクロ映像で、ジャンルと言えばこれも当時盛んに制作されていた第二次世界大戦ものだ。バート・ランカスターという昔のハリウッドスターが出演しているが、TSUTAYAの片隅で埃をかぶる運命にあるのは間違いないだろう。でも久しぶりに鑑賞して、どれだけ素晴らしい作品だったかを思い知らされた。まさに時代を越えて映画史に残っていく輝きを持った作品だった。やはり語り口のうまさと演出なのだろう。多くを語らずとも冒頭から一気に観客を引き込んでくれる。 

第二次世界大戦末期、ナチス・ドイツの撤退が噂されるようになった占領下のフランス。とある美術館を訪れるナチスのヴァルトハルム大佐。静まり返って誰もいない美術館の中には、戦火を逃れたフランスが誇る絵画や彫刻の数々が一堂に集められている。贅沢な美術鑑賞に一人で耽る大佐に、忍び寄るように近づくフランス人館長。フランスの文化であり誇りを護ってくれたことを大佐に感謝する。敵であるにも関わらず、大佐は美術品の価値を理解し保護してくれたのだ。しかし大佐は、戦況が不利になる前にドイツにすべての美術品を運び出すと伝える。価値の高い美術品を見込んで、ヒトラーの所有物にすることが大佐の目的だった。瞬く間に兵士たちが美術品を囲み、移動に備えて荷造りを始める。必死で抗議する館長を冷たく見つめる大佐の眼。ここからオープニングのクレジットが始まる。地味でシンプルだが、戦争そのものの矛盾を提示するだけでなく、戦争とは既得権者の<欲>のぶつかり合いでしかないというテーマを冒頭から明確に打ち出す素晴らしいオープニングだ。 
鉄道で運び出される美術品輸送を阻止しようと、鉄道会社に頼みこむ美術館館長。優秀な鉄道員として働くラビッシュは、実はレジスタンスのリーダー。美術品の為に数少ない仲間の命を危険にさらすことを拒否するラビッシュだが、国外に設置された臨時政府の命令で、渋々任務を仕切ることになる。ストーリーが進むにつれ、ヴァルトハルム大佐の周辺でも、戦況が不利になる中で美術品を運ぶ任務に疑問を抱くドイツ兵もいることが明白になる。しかし大佐の決意は固く、任務遂行の為なら脅しも厭わない。絶対的に美術品の価値を信じているのだ。妨害工作に気付いたヴァルトハルム大佐は、確実に仕事をこなすラビッシュを見込んで、ドイツへの略奪運送を必ず達成するように機関士として乗り込むように命令する。この後、色んな妨害工作が仕掛けられるが、レジスタンスの仲間や彼らに協力した市民は次々に倒れていく。最後には、生き残ったラビッシュが一人で列車を阻止しなければいけなくなるというストーリー展開。所々で機関車を駆使したダイナミックなアクションも展開するかと思えば、レジスタンスに協力する宿屋の女将(ジャンヌ・モローが演じている)とのロマンスとさえ呼べないささやかな男女のやりとりも描かれて、ますます戦争という愚行が浮かび上がってくる。 

ラスト、ラビッシュの妨害工作が成功し、機関車は大きく脱線してしまう。その見せしめに、ヴァルトハイム大佐は乗車しているフランス人市民の虐殺を命令する。近くの林道を車両で撤退するドイツ兵を降ろして、今度は車で美術品を運ぼうとする大佐だが、部下は反抗して遂に大佐は見放されてしまう。部下に叱責されてはじめて我に返り、任務の失敗を認めざるを得なくなる大佐。部下たちが撤退した後も、美術品のそばを離れない大佐の前に現れるのは機関銃を持ったラビッシュ。所詮お前には美術品の価値はわからないと罵る大佐。虐殺された市民の死体の山を見て、ラビッシュは凛として立ち尽くしている大佐を射殺する。虐殺された市民のクロースアップと、辺りに散乱するゴーギャン、ルノワール、ゴッホ、マネ、ピカソなどと記された美術品の箱のアップが交互に映し出されて映画は終わる。ドライで辛辣で衝撃的なラスト。戦争を扱った映画によくある安っぽいドラマ性や感傷はなく、ただ物哀しい虚無感と心地の悪い脱力感が残る。同時に込み上げてくるのが、この時代に作られた多くの傑作に共通した反体制・反骨精神のスピリット。痛烈でパンチの効いた映像表現として迫力ある作品になっている。

監督は、この作品の前後に映画史に残る傑作を連発したジョン・フランケンハイマ―。キャリア初期の数多くの作品は、反体制・反骨精神のスピリットに満ち溢れた作品を作り続けたが、キャリア中期から後期は珍作・迷作も多かった。日本ではテロリストから脅迫文書が劇場に届いたために公開が見送られた1977年の「ブラックサンデー」で一時的に復活したが、初期のクオリティに勝る作品を撮ることはなかった。

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About 山本 兵衛

米マサチューセッツ州の高校を卒業後、ニューヨーク大学Tisch School of the Artsにて映画製作を学ぶ。卒業作品『A Glance Apart』がニューヨークエキスポ短編映画祭にて最優秀フィクション賞を受賞。またフランスの国営チャンネル Arte、日本ではシネフィルイマジカにて放映。アメリカの配給会社 Kino Internationalにて4年間マネージャーを務めた後、ハリウッド大作『シャンハイ』などに現場通訳として参加しながら、監督/プロデューサー/脚本家として活動。自身の短編作品が、ロッテルダム国際映画祭やトライベッカ映画祭などで上映されている。ドキュメンタリー『サムライと愚か者〜オリンパス事件の全貌』で長編デビュー。青山学院大学にて非常勤講師を務める。

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