皆さんは、英語で<binge watching>というフレーズをご存知だろうか?
<binge>とは<過剰>や<やり過ぎ>の意味を持つ口語だが、<binge watching>で、<イッキ見>の意味になる。2013年にオックスフォード辞典に収録されたこの新語は、ネットフリックスが如何に欧米で視聴者の映像コンテンツの見方に大きく影響を与えたかを示唆している。 従来のTVシリーズ放映であれば、1週間に1エピソードずつ放映されて、3ヶ月ほどで1シーズンが完結となるが、<binge watching>は、放映開始と同時に全エピソードを見る事ができるネットフリックスならではの視聴方法だ。TVシリーズの場合、1エピソードずつ放映された後に、批評家がメディアにレビューを書くのが欧米では通常だが、<binge watching>の到来により、視聴者の見方だけでなく、TVレビューの書き方まで変えたとコメントする批評家もいる。
いま、まさに中毒性の高い映像コンテンツが視聴者から求められていることに、フィルムメーカーが注目すべき点が隠されている。TVシリーズにおいて、観客に飽きさせない中毒性を提供するには、現在ハリウッドが量産しているアクションやSFXなどの刺激的な映像だけでは達成できない。そこで必要とされるのが、類を見ないストーリーテリングの巧みさであり、登場するキャラクターの人物描写の深さだったりする。この点では、まさに映画が映画たりえるのに必要な要素が、いまTVシリーズでも要求されているのだ。そこで、そんな要素が見事にTVシリーズの枠を越えて実を結んだ2つのシリーズを紹介したい。
予告はイメージをクリック
まず1つ目はネットフリックスが制作した『シェフのテーブル』だ。世界のトップレストランで腕を振るうシェフ6人が1エピソードごとに登場して、食に対する哲学や、シェフとしての取り組み方、さらに自身の人生を語る6エピソード完結のドキュメンタリー・シリーズだ。『二郎は鮨の夢を見る』が高く評価されたデイビッド・ゲルブが監修/総指揮しており、1エピソードことに深く掘り下げられる一流シェフ達の人物像が、美しい映像美で綴られており、いわゆる従来のフード物のドキュメンタリーやTVシリーズとは一線を画している。ここまでしつこくネットフリックスのことをかき立てると宣伝マンかと思われるかもしれないが、このオリジナルシリーズは素晴らしい出来である。
予告はイメージをクリック
2つ目に紹介したいのは、ストーリーテリングの巧みな技術で、筆者が完全にハマってしまった米SHOWTIMEが制作した『ホームランド』だ。『24 』の仕掛人ハワード・ゴードンとアレックス・ガンザが取り組んだ、実話ベースと錯覚するぐらいのリアルなスリルと臨場感にあふれる一筋縄ではいかないスパイ・ドラマである。まず主演の2人、CIAの凄腕分析官を演じるクレア・デインズと、アフガニスタンで8年間の捕虜生活を経て帰国する米兵士を演じるダミアン・ルイスの演技が素晴らしい。テロ自爆容疑をかけられた兵士と、尋問するCIA分析官が一騎打ちするシーズン2の名場面は、視聴者をドギマギさせるぐらいの緊迫感とエモーションに満ち溢れていて圧倒的な迫力。CIAがテロリストと同様に極悪非道な方法で情報を掴んでいく様が描かれており、複雑に入り組んだ世界情勢を背景に、道徳観や善悪の区別がなくなっていく感覚を醸し出すのに見事に成功している。まさに神業的な巧さと圧倒的な情報量で、いままで映画では不可能だったストーリーテリングが、ここで見事に完成されている。
ビジネスとしての映像配信に大きな変化が起こっている中、フィルムメーカーの視点から検証しても、欧米のTV/ネット界がいま非常にエキサイティングな場として認められているのは間違いない。次回、最終回ではいままでのTVシリーズの限界を試している作品を紹介する。