あるアラブ人の綱渡り人生

フィルム・ノワールの傑作『リード・マイ・リップス』と『真夜中のピアニスト』のジャック・オディアール監督の最新作『預言者』がやっと先週、東京で公開された。カンヌ映画祭でクランプリを獲って以来、首を長くして待ちのぞんでいた作品は、2年前のフランス映画祭でやっと見ることができて以来、鮮明に記憶に残っている。

前2作とも、どうしようもない犯罪者を描いているのに、誰でも感じたことがある人生の機微を大いに感じさせてくれるような繊細な感覚が大好きだったのだが、『預言者』はそんな感覚をさらに大きなキャンバスに拡げて、『ゴッドファーザー』並のスケールを加えたような作品。若くして刑務所に送り込まれたアラブ人の若い青年が、刑務所を出入りしながら、如何に綱渡り人生を生き抜いていくかが描かれている。時にはどぎつい暴力描写や、フランスのリアルな刑務所事情(夕食には長いバゲットが支給される!)も細かく描かれているが、やはり中心になっているのは、人生を左右するような決断を次々と迫られる青年の機敏なサバイバル本能。一見受動的に見える人生でも、常に能動的に物事は動いている。自分の意志と選択によって、いくつもの可能性が生み出される。そんな当たり前かもしれないことを思い出させてくれる映画。

とにかくこの監督は人間の観察眼のセンスがいい。最も如実に現れているのが、後半のクライマックス(ネタバレなし/心配無用)で、主人公が、コルシカ人のマフィアに脅されて、イタリア人マフィアボスを街で尾行する場面。殺すチャンスをうかがいながら街を歩いていると、ふとショーウィンドーに目がいく。そこには高価な靴が宝物のように飾られている。一瞬だけ気をとられる主人公。<アラブ野郎>と馬鹿にされ、フランスで移民として育った彼にとって、ショーウィンドー越しに輝くピカピカの靴は、権力と金と成功の象徴。手に入れたい。でもいまはガラス越しにちらりと見るだけ。その直後、彼は機転をきかせてある行動に出る! 人生はいつでもどこでもいろんな可能性があるに違いない。『預言者』は渋谷ヒューマントラストで上映中。お見逃しなく! またアメリカ版の予告がバツグンにカッコイイのでこちらでチェック! ターナー・コーディというミュージシャンの<Corner of My Room>という曲がいい。


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About 山本 兵衛

米マサチューセッツ州の高校を卒業後、ニューヨーク大学Tisch School of the Artsにて映画製作を学ぶ。卒業作品『A Glance Apart』がニューヨークエキスポ短編映画祭にて最優秀フィクション賞を受賞。またフランスの国営チャンネル Arte、日本ではシネフィルイマジカにて放映。アメリカの配給会社 Kino Internationalにて4年間マネージャーを務めた後、ハリウッド大作『シャンハイ』などに現場通訳として参加しながら、監督/プロデューサー/脚本家として活動。自身の短編作品が、ロッテルダム国際映画祭やトライベッカ映画祭などで上映されている。ドキュメンタリー『サムライと愚か者〜オリンパス事件の全貌』で長編デビュー。青山学院大学にて非常勤講師を務める。

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